大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和39年(ネ)646号 判決

控訴人 堀隆之助

被控訴人 杉田成豊

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人勝訴の部分を除きこれを取消す。被控訴人の請求を棄却する。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張、陳述、証拠の提出、認否、援用の関係は、原判決事実摘示の記載と同一であるからこれを引用する(但し、原判決中乙第三号証とあるは(三枚目表四行目)、乙第三号証の一ないし三と訂正する。)。

被控訴代理人は次のとおり述べた。

一、本件土地の一ケ月一坪当りの約定賃料は、昭和二五年二月一日賃貸当時は金一〇円であつたが、その後順次増額せられ昭和二七年一〇月以降金一五円、昭和二九年三月以降金二〇円、昭和三〇年四月以降金二五円となつた。

二、その間右土地の一坪当り固定資産税額は、昭和二六年度金三四円、昭和三〇年度金六四円、昭和三七年度金九二円(都市計画税を含む)、昭和三九年度金一一〇円(同上)となり増額の一途をたどつている。

三、本件土地は、宅地五〇六坪三合のうちの一部二五坪一合であるが、右宅地の三方を取り囲む公道のうちの最も広い公道に面して良好の場所を占めており、昭和三六、七年当時の附近の借地人、借地の坪数、賃料等は別紙一覧表〈省略〉記載のとおりであつて、そのうち、本件土地と同様地代家賃統制令の適用を受けない土地の賃料は、右一覧表によつて明らかなとおりいずれも、一ケ月一坪当り金三五円以上であつて、最高は一ケ月一坪当り金一二〇円となつている。

控訴代理人は次のとおり述べた。

本件土地の約定資料が控訴人主張のとおり順次増額せられたものであること及び近隣の土地の賃貸借関係に被控訴人主張のごとき賃貸借が存することは、いずれも認める。

証拠〈省略〉

理由

被控訴人が昭和二五年二月一日控訴人に対して本件土地を、賃料一ケ月一坪当り金一〇円の約定で、期間の定なく普通建物所有の目的をもつて賃貸したこと、その後約定賃料が合意改訂せられて、昭和二七年一〇月以降は一ケ月一坪当り金一五円、昭和二九年三月からは同金二〇円、昭和三〇年四月以降は同金二五円となつたこと、控訴人は右土地の賃借後その地上に建坪四坪五合の旧建物を建築所有していたが、昭和二七年これを北部に移動しその跡に家屋番号西巣鴨二丁目二三六四の一四木造瓦葺二階建居宅一棟建坪九坪三合七勺、二階六坪七合五勺の新建物を建築したこと、及び被控訴人が昭和三〇年九月二二日控訴人に対して前記約定賃料を一ケ月一坪当り金六〇円に増額する旨の意思表示をなし、次いで、昭和三七年二月二八日控訴人に対して同様右賃料を金一五〇円に増額する旨の意思表示をなしたことは、いずれも当事者の間に争がない。

被控訴人は、前記控訴人がなした新建物の建築によつて、本件土地の賃貸借は、その全部が地代家賃統制令の適用から除外されるに至つた旨を主張する。地代家賃統制令第二三条第二項第二号の規定によれば、昭和二五年七月一一日以後に新築に着手した建物の敷地については同令の適用が除外されるところ、成立に争のない甲第四号証ないし第七号証、乙第三号証の一ないし三を併せ考えると、前記新建物は新築の建物として認可を受け建築せられたものであり、旧建物とはわずかに双方の庇の間に雨除けの差し掛けが渡されているに過ぎず、その構造においても旧建物と全く独立しているものと認められ、従つて、右新建物は控訴人の主張するような旧建物の増築部分ではなく、新築されたものと認めるを相当とする。そして、地代家賃統制令の適用を受ける旧建物の敷地の一部に、昭和二五年七月一一日以降に建物が新築された場合に、旧建物に比較して新建物の効用が大きいときは、敷地の全部について同令の適用が除外されるものと解すべきである。控訴人は新建物の敷地部分についてのみ適用除外がなされるに止まると主張するけれども、敷地全部について建物所有を目的とする一個の賃貸借契約を締結したものである以上、その後、その一部に建物を新築したとしても、それだけではこれを同令の適用を受ける部分と適用を除外される部分とに区分すべき理由はなく、そうである以上、新建物の効用が旧建物に比較して大である場合には、旧建物を廃して新建物を建築した場合と択ぶところはないものということができ、賃料も特段の理由のない以上敷地全体について同令の適用が除外されるものと解するのを相当とするものというべきである。前記甲第七号証、乙第三号証の一ないし三に当審における控訴人本人尋問の結果を併せ考えると、新建物は旧建物に比較してその経済的効用が遥かに大きいことが認められるから、本件土地については、地代家賃統制令の適用が全面的に除外されるに至つたものというべきである。

よつて、被控訴人主張の各増額請求の意思表示の効力について判断する。

まず、被控訴人が、昭和三〇年九月二二日になした約定賃料を一ケ月一坪当り金六〇円に増額する旨の意思表示については当時右土地の相当賃料額が、約定賃料である一ケ月一坪当り金二五円を上廻る事実を認めるにたる証拠は存しないから、右増額請求はその効力を生ずるに由ないものというべきことは明らかである。

次に、被控訴人が、昭和三七年二月二八日になした右賃料を一ケ月一坪当り金一五〇円に増額する旨の意思表示について判断する。

(イ)  原審での鑑定人中野久雄及び同下城寅二郎の各鑑定の結果に当審での証人下城寅二郎の証言及び控訴人本人尋問の結果を併せ考えると、本件土地は国電大塚駅北口、都電大塚駅前停留所よりそれぞれ西方に徒歩四、五分位、大塚駅から西方に延びる商店街大通りより南へ約一五米程入つた巾員約二間の公道に面する間口約三間奥行約一〇間の土地であつて、附近は住宅の間に局部的に小店舗が点在する小店舗、住宅の雑居地であつて、控訴人はその地上に家屋を建築して居住し時計商を経営していることが認められる。

(ロ)  成立に争のない甲第八号証及び同第九号証の一ないし三によると、本件土地の固定資産税額は、昭和二六年度は一坪当り約金三四円、昭和三〇年度は同約金六四円、昭和三七年度は同約金九一円(都市計画税を含む)、昭和三九年度は同約金一一〇円であつて、本件土地の公租公課が漸次増大せられていることが認められる。

(ハ)  本件土地の近隣の借地人、借地の坪数、賃料等に別紙一覧表のとおりのものがあることは当事者の間に争がなく、右事実によれば、これらの土地のうち本件土地と同様に地代家賃統制令の適用を除外せられている土地の賃料は、いずれも、一ケ月一坪当り金三五円ないし金一二〇円であつて、本件土地と同番地に属する二三六四番地には、相川吉、張替辰三、夏目春吉らが被控訴人所有土地を、いずれも、一ケ月一坪当り金七〇円の賃料をもつて賃借していることが認められる。

上記(イ)及び(ロ)の認定事実に(ハ)の当事者間に争のない事実を併せ、本件土地の約定賃料が昭和三〇年四月以降据置となつている前記認定事実を参酌し、原審での鑑定人中野久雄の鑑定の結果によれば、被控訴人が前記賃料増額請求の意思表示をなした昭和三七年二月二八日当時においては、本件土地の約定賃料は比隣の土地の賃料に比較し、また土地価格、公租公課等の昂騰により不相当となつたものであつて、その相当賃料は一ケ月一坪当り金六五円であることが認められる。成立に争のない乙第一、二号証、当審での控訴人本人尋問の結果も右認定を左右するにたらず、弁論の全趣旨に照し真正の成立を認める甲第三号証、原審での鑑定人下城寅二郎の鑑定の結果及び当審証人下城寅二郎の証言は採用し難い。他に上記認定を動かすにたりる証拠は存しない。

してみれば、被控訴人がなした前記賃料増額請求の意思表示は昭和三七年二月二八日以降一ケ月一坪当り金六五円の限度において賃料増額の効果を生じ、右限度を超える部分についてはその効力を生じないものといわなければならない。従つて、右増額の効果を争う控訴人に対して、右意思表示のなされた後である昭和三七年三月一日以降本件土地の賃料が一ケ月一坪当り金一五〇円であることの確認を求める被控訴人の本訴請求は、同日以降一ケ月一坪当り金六五円であることの確認を求める限度において理由があり、その余は失当たるを免れないものといわなければならない。

よつて、右と同趣旨において、控訴人に対し昭和三七年三月一日以降本件土地の賃料が一ケ月一坪当り金六五円であることの確認を求める限度において被控訴人の本訴請求を認容し、右限度を超えるその余の請求部分を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 江尻美雄一 杉山孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例